くまさんの、東欧一人旅(2007.6.17修正)

成田 → 香港経由 → ドイツ → チェコ → オーストリア → スロベニア → イタリア → オーストリア
→ ドイツ → フランス → ルクセンブルグ → ドイツ → ベルギー → ドイツ →香港経由 → 成田
2001年6月8〜19日


東欧を一人で歩いてきました。

  2001年6月7日(木)
  香港経由、ドイツ・フランクフルト往復で85,000円のチケットを見つけたことから、この旅は始まりました。

  左は香港空港内の搭乗カウンターなのですが...
フランクフルト
、読めますか??

6月8日(金)
  フランクフルトに到着、予約したレンタカーを受け取ります。たしか、フォードの1300ccクラスが来る予定だったのですが、あれぇ?トヨタのファンカーゴに見えるぞ??マークもトヨタだし。。。だまされたかな?ま、左ハンドルだし、荷物も一杯つめるからいいか(^^
  ちなみに、名前は「YARIS VERSO」になっています。

  最初の宿は、ドイツから国境を越えてすぐの、チェコの小さな町 PrimdaPension OMAです。
  娘さん以外、みなさんドイツ語(チェコ語?)しかわからないので苦労しましたが、これが飛び込みで宿をお願いした、最初の宿になります。思いで深いですね。
(写真は、宿の女将さんと泊まった部屋です。料金は50DM、ぼられちゃったかな...)

  6月10日(土)
  ヨーロッパでは沢山の種類のガソリンがあって、全て自分で給油します。どれを入れるか迷いますが、一番安いガソリンはやめた方がいいかも(^^
  また、ときおり出くわすチェコの町は、赤い瓦屋根の街がほとんのかわいいです。

  チェコの東部で、オーストリアの国境の街 Vyssi Brod に泊まりました。喫茶店のオーナーが経営している、小さくてかわいいペンションです。驚いたことに、TVは衛星放送で500チャンネルもありました。まわすのに一苦労(^^
  写真は、宿の部屋とサンルームです。

  6月11日(日)
  二度目の国境越え。最初のドイツイからチェコへは、ほとんどノーチェック。しかし、チェコからEUのオーストリアへ入るのは厳しいです。
  写真は、チェコ側の国境とオーストリアで初めて見えたアルプスの写真です。

  この日の宿は、あのケーブルカー火災のあったカプルンのペンションです。本当は線香をあげに来たんだけどね。
  泊まった宿は、この部屋で2100円、食事は左の写真にスープが付いて530円程度ですね。とてもおいしかったですよ。
  宿はアットホームで、事情を話したら、今は天気が悪いので、数日後に帰って来いと言われました。

  6月12日(月)
  オーストリアからスロベニアへ国境を抜けます。(左)ところが、目的地に行く途中の山で雪が降ってきて、仕方なく引き返しました。そして、一度イタリアに抜けて、アルプスを廻り込んでから、もう一度スロベニアへ入りました。一日に3回も国境越えをするやつなんて、なかなかいないぞ。

  左側の写真は、スロベニアに入ってすぐにあった地形の看板で、この形が目の前に見えます。 山頂は2300m、今走っているのが1300m、川は400mです。橋から見る川は、とても恐ろしかったですよ(^^;
  苦労して、スロベニアの軽井沢的観光地、Bovecにたどり着きました。(右)

  イタリア側に車で10分ほど戻った小さな集落にあるガストハウスを紹介してもらいました。 綺麗でバスも有り、ヨーロッパに来て初めての風呂に入りました。彼女は店の看板娘。 日本のコインがほしいというので、全種類666円をプレゼントすると言ったのですが、現地のお金で1000円ほど置いていきました。

Apartment Guest house MangrtGostišče "Mangrt"
 
6月13日(火)快晴 スロベニアのアルプスを走る道路からの風景です。 

  スロベニアは、本当に綺麗な国です。Bledの湖に浮かぶ教会とお城です。まるで、絵葉書の中のワンショットですね。観光客も多く、車を止めるのにちょっと苦労してしまいました。そして左側がスロベニアのスキーメーカー「ELAN」の本社工場です。あの、ステンマルクが愛用していた事で有名ですね。

  アルプスから、一気に高速を使ってアドリア海Kopelに抜けました。高速で1時間半の距離です。スロベニアは本当に小さな国なんですね。
  海の向こうはイタリアです。
  Kopelは同じスロベニアでも雰囲気が違って開放的です。観光客も夏の太陽を求めてきた方々ばかりですね。私には騒がしすぎました。太陽も強くて暑い!
  そして、ここからイタリア国境を抜け、またアルプスに向かいます。

  6月13日(火)
  イタリアからアルプスを越えてオーストリアへ。見てください、「走らなければいられない道」本当にそう思いました。ここで標高は2000mを優に超えています。
  多少高い有料道路に入りました。そこで見た山頂部分の氷河です。たくさんのマーモセットが出迎えてくれました。


GrossGlockner氷河 おとといまで降った雪が綺麗でしょ。

  ケーブルカー火災のあったカプルンに戻ってきました。私と同じ福島県人が6人も亡くなっています。
  街の花屋で花束を買って線香と一緒に上げてきたのですが、そのとき花屋の彼女も、父親をあの事故で亡くしたと聞かされました。胸が締め付けられる思いです。
  彼女は「このリボンは難しい」と何度も言いながら花束を作ってくれました。私は、青い折り紙で折鶴を作り「幸せを運んできてくれるから」と手渡してきました。

  これが事故を起こしたケーブルカーの線路です。
  駅の前には十字架が作られ、沢山の人の写真と共に、ろうそくや花束が供えられていました。(日本人のものは見つかりませんでした。)現在このケーブルカーは使われていません。事故原因がわかるまで閉鎖されるそうです。

 カプルンのスキー場です。ちょっとだけ滑ってきました。中央の丸い建物がケーブルカーの終点です。当然クローズですが... 現在はケーブルカーと平行に走るゴンドラで行く事ができます。
  途中、天空の庭があって、やぎが飼われていました。ちょっと行くと、断崖絶壁の崖です。

  6月15日(木)
  線香をあげることもできましたので、そろそろ山を降りて、また違う国へ行こうと思います。
  オーストリアからドイツを超えてルクセンブルグへ...
  これは、ザルツブルグ山郡からインスブルク山郡への途中の風景です。山があって湖があって牛が放牧されている。
  まさに、「アルプスの少女 ハイジ」の世界ですね(^^

   道に放牧されている牛達がかおを出します。もともと放牧地だったところに道路ができたので、優先順位は「牛」にあります。
  ですから、こんな「牛渋滞」が出来るのですが、ヨーロッパの方々は、それが当然のように走っています。クラクションなんか鳴らしませんよ(^^

  今度は、アルプスを離れて、ドイツの西部に向かいました。別に当てがあるわけではないのですが、ルクセンブルグに行ってみたかったのです。
  これはKandelという町で泊まったホテルのバーで仲良くなった二人です。おごってもらっちゃいました(^^

   西ドイツからフランス、ルクセンブルグ、西ドイツ、ベルギーと走り回りました。
  左の写真は、ベルギーの古い町のワンショットです。朝が早くて人がいませんでした。綺麗でしょう?川も当然すきとおっていました。
  右の写真は、野宿させていただいた。ドイツのKyllburgという町の風景です。 お世話になりました(^^;

  6月17日(日)
  この日が自由になる最後の日です。のんびりしたくて、フランクフルト近郊で最後の宿を探します。
  Idsteinという古い都を選びました。写真はその風景と、旧市街の中心にあるお城です。なんと1200年代に作られたものなのですが、現在でも人がすんでいるのです。

 

  このお城の中を通って石橋を渡ると、そこには新宅が作られていました。その風景は、一番上の写真がそうです。教会の次に高い建物でした。
  お城は、現代の建物と融合して、電気や水道の配管が見えますが、逆にそうして生き長らえていく姿が、うれしく思えました。
  そして、その近くにあった教会の写真です。町のわりには大きく、そして荘厳でした。 おそらくお城の持ち物なのでしょう。

  6月18日(月)
  最後はあっけないですね。フランクフルトからキャセイパシフィック航空で帰ります。
  ちなみに、最後にフランクフルト航空で、駐車場がわからなくて迷子になりました。。。
\(_ _;)
  最後に乗った飛行機は、子供の落書きのようなカラーリングの飛行機ですが、乗ってしまえば関係ないんですよね。中に絵があるわけでもないので(^^;SLとかピカチュウ飛行機みたいなもんでしょう。


最後は、この旅で見つけた草花です。みんな雑草です。綺麗でしょ。

次の旅はどんなかな。。。ぢゃね(^o^)/~